第1章 | 準備

試験の概要と数学の道具箱

試験のしくみ、ガンマ関数・ベータ関数、重積分とヤコビアン、固有値と二次形式、テイラー展開と極限

この章で学ぶこと

  • 統計検定1級の試験のしくみ(統計数理と統計応用、論述式、合否の決まり方)
  • ガンマ関数・ベータ関数:分布の積分の多くはこの2つに帰着する
  • 重積分の変数変換とヤコビアン:ガウス積分 を導く
  • 対称行列の固有値分解と二次形式、正定値:多変量の分布で使う線形代数
  • テイラー展開と極限、 と の記号:極限定理やデルタ法で使う近似

1.1 統計検定1級の試験

統計検定1級は、統計数理と統計応用の2つの試験からなります。公式サイトでは、準1級までの内容をすべて含み、そのうえで各種統計解析法の考え方と数理的側面の正しい理解を問う試験とされています。

統計数理統計応用
時間90分(午前)90分(午後)
出題5問から3問を選択選んだ分野の5問から3問を選択
分野―人文科学・社会科学・理工学・医薬生物学から、申込時に1つ選ぶ
解答論述式(紙の問題冊子と解答冊子を使うPBT方式)
日程(2026年10月時点)
2026年の試験は11月15日(日)で、個人申込は10月2日に締め切られています。2027年の日程は、公式サイトの発表を確かめてください。

出題範囲の全体像

出題範囲は公式の「統計検定1級出題範囲表」(2015年5月8日版)に示されています。統計数理は、確率と確率変数、種々の確率分布、統計的推測(推定・検定)、データ解析法の考え方からなります。統計応用は分野ごとの範囲があり、この教科書では共通の項目と理工学を扱います(目次を参照)。

論述式の答案で書くもの

1級は選択式ではなく、導出や説明を自分の言葉で書く試験です。この教科書では、答案を次の3段で書くことを基本にします(公式の採点基準ではなく、本書の方針です)。

  1. 定義と仮定:使う記号、分布、独立性などの仮定を最初に書く。
  2. 導出:どの定理・公式を使ったかが分かるように、式変形を順に書く。
  3. 結論:求めたもの(分布、推定量、棄却域など)をはっきり書く。条件( が大きいとき、など)も添える。

以下の節では、その導出で毎回のように使う数学の道具を、まとめて準備します。

1.2 ガンマ関数とベータ関数

ガンマ分布・ベータ分布・カイ二乗分布・ 分布などの密度にはガンマ関数とベータ関数が現れ、期待値や分散の計算もほとんどがこの2つの積分に帰着します。

ガンマ関数

定義(ガンマ関数)

という条件は、積分が有限になるために必要です。 の近くでは なので、被積分関数はおよそ です。 は のときに限って有限(値は )になります。 のほうは が速く減衰するので、どの でも収束します。

部分積分を使うと、次の漸化式が得られます。

ここでは部分積分の公式 を、、(つまり )として使っています。2行目の は、積分区間の両端の値を代入して差をとる部分で、これを境界の項と呼びます。

この境界の項は になります。 では が よりずっと速く に近づくので 、 では なので だからです。こうして境界の項が消え、残りの だけが残ります。

と組み合わせると、正の整数 に対して

となります。ガンマ関数は階乗を実数に広げたものだと考えられます。もう1つよく使う値が

です。これは1.3節でガウス積分から導きます。漸化式と合わせると、たとえば です。

いちばん使う形

実際の計算では、指数の部分に係数 が付いた形がよく出ます。 と置換すると なので、

が成り立ちます。「 のべき × 指数関数」の積分を見たら、この式に当てはめると覚えておきましょう。

例:指数分布の2次モーメント

密度 の指数分布で を求めます。

なので、 です。

ベータ関数

定義(ベータ関数)

ベータ関数はガンマ関数で表せます。

この関係の証明は、1.3節の変数変換を使って行います。例として です。直接 を計算しても になります。

確率の言葉では、ベータ関数はベータ分布の密度を積分して1にするための定数です。密度 をもつのがベータ分布 です(第7章)。

1.3 重積分とヤコビアン

2つの確率変数の和や比の分布を求めるとき(第4章)や、正規分布の積分を計算するときには、重積分の変数変換を使います。

重積分の変数変換

から への写像 が1対1で、偏導関数が連続なとき、

ここで は に対応する の領域で、 はヤコビアン(ヤコビ行列式)です。

の意味を考えます。 平面の小さな長方形 を基準にすると、それが写った先の 平面の小さな領域は、面積がおよそ 倍になります。だから積分の中の を に置き換えられる、というのが上の変換公式です。図1-1で確かめます。

(u, v) 平面(x, y) 平面 uv (u, v) dudv 面積 du dv xy (x, y) u を du 動かすv を dv動かす 面積 ≒ |J| du dv
図1-1  平面の小さな長方形(左)は、 平面では2本の矢印を辺とする小さな平行四辺形(右)に写る。面積は からおよそ に変わる

点 から だけを 動かすと、 はおよそ だけ動きます。 だけを 動かすと、およそ だけ動きます。そのため、左の小さな長方形は、右ではこの2本の矢印を辺とする小さな平行四辺形になります。平行四辺形の面積は2本の矢印の成分を並べた行列式の絶対値なので、 と をくくり出すと、およそ です。

2重積分は、領域を小さな切れ端に分けて「 の値 × 切れ端の面積」を足し合わせたものです。 平面の長方形を基準に切れ端をとると、 平面での面積は なので、積分の中で を に置き換えられます。1変数の置換積分で と書いたものの2次元版にあたります。

極座標とガウス積分

極座標 のヤコビアンは

です。つまり、 平面の小さな長方形 を基準にすると、 平面で対応する小さな領域は面積がおよそ 倍になります。だから積分の中の を に置き換えられます。

図1-2で確かめます。

(r, θ) の平面(x, y) 平面 rθ drdθ 面積 dr dθ xy (x, y) r θ drr dθ 面積 ≒ r dr dθ
図1-2  の平面の小さな長方形(左)は、 平面では小さな扇形(右)に写る。面積は から約 に変わる

左は を横軸、 を縦軸にとった平面で、幅 、高さ の小さな長方形があります。この長方形の点を で 平面に写すと、右の小さな扇形になります。扇形の半径方向の幅は 、弧の長さはおよそ なので、面積はおよそ で、確かに 倍です。中心から遠いほど同じ でも弧が長くなるので、倍率も大きくなります。

これを使って を求めます。 を2重積分として書き、極座標に変換します。平面全体は が から 、 が から の範囲で覆えます。また です。

なので

です。ここから2つの結果がすぐに出ます。

ベータ関数とガンマ関数の関係の証明

を2重積分で書きます。

と変換します。、 にあたります。ヤコビアンは

なので、被積分関数 を の部分と の部分に分けると

よって が示されました。この変換は、第7章で「ガンマ分布に従う2つの独立な変数 について がベータ分布に従う」ことを示すときにも、そのまま使います。

1.4 行列・固有値・二次形式

多変量正規分布、重回帰、主成分分析では、分散共分散行列を固有値で分解して考えます。ここでは必要な線形代数だけをまとめます。

対称行列の固有値分解

行列 と0でないベクトル が を満たすとき、 を固有値、 を固有ベクトルといいます。固有値は の解です。

定理(実対称行列のスペクトル分解)

実対称行列 ()の固有値はすべて実数で、互いに直交する長さ1の固有ベクトルを選べます。それを並べた直交行列 ()と、固有値を並べた対角行列 を使って

と書けます。

あわせて、次の2つの関係もよく使います。

例:2×2の分散共分散行列

とします。 より です。

の固有ベクトルは 、 の固有ベクトルは です。確かに 、 です。

二次形式と正定値

対称行列 とベクトル からつくる を二次形式といいます。

確率変数のベクトル の分散共分散行列を とすると、定数ベクトル に対して

です。分散は負にならないので、分散共分散行列はいつも半正定値です。どんな についても が定数にならない(分布が退化していない)ときは正定値になり、逆行列 をもちます。多変量正規分布の密度に現れる も二次形式です。

1.5 テイラー展開と極限

中心極限定理の証明、ポアソン近似、デルタ法、最尤推定量の漸近正規性など、1級の「」の議論は、ほとんどがテイラー展開による近似でできています。

テイラーの定理(2次までの形)

が の近くで2回連続微分可能なら、 のとき

と の記号

の議論では のように使います。たとえば です。

よく使う展開()

重要な極限

命題

なら

証明の筋:対数をとると です。 を使うと、 となるので、指数を戻して です。

この命題は次の場面で使います。

ガンマ関数
。、、。
ベータ関数
。
ヤコビアン
変数変換の偏導関数を並べた行列の行列式。重積分では絶対値 を掛ける。
正定値
で 。対称行列ならすべての固有値が正と同じ。
・
比が0に近づく/比が有界。近似の誤差の大きさを表す記号。
試験に出るポイント
  • と で、分布の正規化定数やモーメントを一気に計算する。
  • 、、。
  • 変数変換の答案では、変換の式・逆変換・ヤコビアン(絶対値)・新しい変数の動く範囲の4つを必ず書く。
  • 分散共分散行列は半正定値。。固有値の積が行列式、和がトレース。
  • は、ポアソン近似や中心極限定理の証明の最後の一歩になる。

この章の出典